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「風さそうはなよりもなを・・・」と辞世の句を詠んだ浅野内匠頭長矩。
元禄の頃より「塩の国」としてその名を知られていた播州赤穂藩の三代城主は風流をこよなく愛し、ことに茶の湯に造詣の深い人物でした。

 塩をかくし味に使った饅頭は「正月事始の雅」には京洛の宮家や江戸の将軍家への献上菓子にも用いられるほど珍重されるようになり、赤穂義士の討ち入り後は「義士まんじゅう」、「大石まんじゅう」ともてはやされて播州赤穂の名をさらに高めたとか・・・。

 そして、時は移りかわって天保の時代、当時江戸で「名人」の名をほしいままにしていた江戸屋藤治郎、平兵衛の父子が播州赤穂にまねかれ「赤穂まんじゅう」に改良を重ねて、真っ白な落雁風の皮、そしてあんにひと塩を加えた、現在の「」が完成しました。

 藩の経済を潤し、長矩という心ゆたかな人物を創出し、そして後世に残る 銘菓「」をも生み出した播州赤穂の塩。
自然の恵みは歴史を、人を、そして伝統をも育てる力を秘めているといえそうです。

 今日では迎賓館で国賓をおもてなしするお茶席の菓子にも用いられる総本家のかん川の「」。
自然の恵みを銘菓へと昇華させた名匠 藤治郎親子の秘伝の技を今に受け継ぎ、三百余年の歴史とともに研鑽を重ねつつ日本の菓子文化に貢献する老舗として、総本家 かん川 のあゆみは続きます。

 
   
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